「この子、この先どうなるんだろう?」
息子カズノコくんが小さい頃、何度そんなことを考えたかわかりません。
今では高校生になり、友達と出かけたり、勉強や進路のことを考えたり……それなりに高校生らしい毎日を送っています。
でも、ここまで来るまでには、親として悩んだり、迷ったりすることもたくさんありました。
こんにちは!50代ポンコツ主婦のササノコです。
今回は、そんな息子の幼少期から小学校、中学校、高校受験、そして高校生になった現在までを、母親の目線で振り返ってみようと思います。
以前のブログでは主に中学生になってからのことを書いていましたが、幼少期や小学校の頃については、今回が初めてです。
少し長くなりますが、よかったらお付き合いください。
2歳になっても、なかなか言葉が出なかった

息子の成長について、私が最初に気になったのは「言葉」でした。
2歳になっても、言葉らしい言葉がなかなか出てきませんでした。
立って歩くのも、少し遅かったような気がします。
表情はとてもいいんです。
笑ったり、楽しそうにしていることもある。
でも、こちらから何か話しかけても反応が薄い。
公園に連れて行っても、それなりに楽しそうではあるけれど、遊具を見つけたら一目散に走っていくようなタイプでもありませんでした。
そして、なぜかとても慎重。
滑り台を滑るだけでも時間がかかります。
息子が滑り終わるのを待っているうちに、気がつけば後ろに子どもたちの列が……なんてこともよくありました(笑)。
今思えば、息子なりに「大丈夫かな?」と確認しながら、一つ一つやっていたのかもしれません。
当時はそんなふうに考える余裕もなく、

どうして言葉が出ないんだろう…
そのことが一番心配でした。
区役所の育児相談へ


このままで大丈夫なのかな。
そう思って、夫婦で息子を連れて区役所の育児相談へ行きました。
相談員の方は、私たちの話を親身になって聞いてくださり、息子の様子も見てくれました。
そして、
「発達が少しゆっくりめなので、療育センターに行ってみてはどうですか?」
と勧められました。
また、幼稚園にも受け入れてもらえるのであれば、集団生活の中でいろいろな刺激を受けることも、息子にとっていいのではないかと言われました。
正直、療育センターに息子を連れて行くことには、少し抵抗がありました。
「療育」という言葉にも、当時の私はどこか身構えてしまっていたんだと思います。
でも、



すべては息子のため。
そう思って、療育センターに通うことにしました。
まずは発達の検査などを受け、そのときに言われたのが「言語発達遅滞」「発達の遅れ」ということでした。
プレ幼稚園から少しずつ


幼稚園にも近所の幼稚園に相談してみました。
ただ、その頃はまだ息子はほとんど言葉が出ていなかったので、すぐに入園というわけにはいきませんでした。
そこで、まずはプレ幼稚園から。
少しずつ集団生活に慣れていくことになりました。
そして、そうこうしているうちに、息子から少しずつ言葉が出てくるようになりました。
療育センターやプレ幼稚園でいろいろな経験をしたことが、少しずつ息子の中の何かを動かしてくれたのかもしれません。
3歳になってすぐに受けた新版K式発達検査では、
「軽度の精神発達の遅れが認められる」という結果でした。
「やっぱり、そうなのかな……」
いろいろなことを考えました。
これから先、どうなるんだろう。
普通に幼稚園に通えるのかな。
小学校はどうなるんだろう。
その先は……?
心の中では、いろいろな葛藤がありました。
それでも、不思議なんですが、心のどこかには、
「この子は大丈夫」
という気持ちもありました。
うまく言葉では説明できないのですが、なぜかそんなふうに思っていたんですよね。
もちろん、幼稚園時代は大変なこともたくさんありました。
今振り返ってみると、私にとって一番大変だった時期だったような気がします。
ちなみに今、息子に当時の話をすると、



覚えてない
そうです(笑)。
親はあんなに悩んでいたのに、本人は案外覚えていないものなのかもしれません。
小学校は特別支援学級へ


小学校への入学を前に、就学相談などでもいろいろと相談しました。
普通級でも頑張れば行けるのではないか、と言っていただいたこともありました。
でも、私たちは息子本人のペースを考えて、特別支援学級に入学することを選びました。
今でも、このときの選択は息子にとってよかったと思っています。
もちろん、特別支援学級についてはいろいろな考え方があると思います。
どの選択が正解なのかは、その子によって違う。
だからこそ、私たちは「そのときの息子にとって何がいいのか」を考えて決めました。
低学年の頃は、ほとんどを支援級で過ごし、時々、普通級に行って授業を受ける「交流」をしていました。
私も時々、その交流授業の様子を見せてもらっていました。
当時の息子は、授業中に大声を出したり、席を離れたりするタイプではありませんでした。
でも、
周りの子に比べてできないことが多い。
みんなが普通にできていることにも時間がかかる。
スクールアシスタントの先生がついていないと、授業についていくことも難しい。
そんな姿を見ると、
「本人もきっと大変なんだろうな」
と思っていました。
3~4年生頃から、少しずつ変わり始めた


そんな息子に、少しずつ変化が見え始めたのが、小学校3~4年生頃でした。
交流の授業にも、自分から参加できるようになってきたのです。
それまではスクールアシスタントの先生についてきてもらっていたのが、



もう、ついてこなくて大丈夫
と、自分から一人で交流先の教室へ行くようになったというのです。
私はそのことをスクールアシスタントの先生から聞いて
「あれ? なんだか変わってきたな」
そんな感じでした。
そして、その変化を見逃さなかったのが、当時の支援級の担任だったH先生です。
H先生は、息子の様子を見ながら交流先の先生とも相談し、積極的に交流の授業に参加させてくれました。
ちょうどその頃、息子自身も交流の授業で勉強することが楽しかったようで、自分から進んで授業を受けに行っていたそうです。
息子の中で、何かが変わり始めていたんでしょうね。
「中学校を卒業したら、高校に行きたい」
そして、小学校4年生くらいの頃だったと思います。
息子が、



中学校を卒業したら、
普通に高校を受験して高校に入りたい
と話していたことがありました。
まだ小学生ですから、もちろん高校受験がどんなものなのか、詳しくわかっていたわけではありません。
でも、息子の中には、自分なりに「この先こうなりたい」という思いがあったんだと思います。
その話をH先生も知っていました。
今になって振り返ると、もしかしたらH先生は、
「この子がそう思っているなら、その夢をなんとか叶えさせてあげたい」
そんなふうに思ってくれていたのかもしれません。
だからこそ、息子の「できるようになってきた」という変化を見逃さず、交流授業にも積極的に参加させてくれたのかな……と、今になって思います。
もちろん、本当のところはH先生に聞いてみないとわかりません。
でも、今振り返ると、あの頃のH先生には、そんな思いもあったのかもしれないなと思っています。
「もう一人で大丈夫」が大きな一歩だった


H先生は、もしかしたら、
「いつか、この子は普通級に移れるかもしれない」
と思ってくれていたのかもしれません。
その頃、支援級の宿題に加えて、交流先の宿題もやるようになりました。
宿題が増えたので、当時の私たちは、
「そんなに頑張らせなくてもいいのに……」
なんて思ったこともあります(笑)。
でも、その指導がその後につながっていったんだと、今ならそう思えます。
できることが増える。
自分でできたという経験が増える。
そして、それが少しずつ自信になっていく。
H先生は、息子の中にある「できるようになってきた力」を、私たち親よりも先に見つけてくれていたのかもしれません。
今でもH先生と息子は年賀状のやりとりをしています。
H先生がいなかったら、中学校から普通級に進むという決断もできなかったかもしれません。
背中を押してくれたH先生には、本当に感謝しています。
小学校では、支援級の先生だけでなく、交流先の先生やクラスのお友達にも支えてもらいました。
支援級と交流、その両方を頑張った6年間。
振り返ってみると、息子にとって大きな自信につながった大切な宝物のような6年間だったんじゃないかなと思います。
中学校からは普通級へ
そして、中学校からは普通級に入学しました。
小学校では、周りのみんなも息子に対して少し気を遣ってくれていたり、遠慮してくれていた部分があったと思います。
でも、中学校ではそうはいきません。
他の小学校から来た子たちは、息子が小学校で支援級にいたことも知りません。
良くも悪くも、みんな普通に接してきます。
息子は運動が極端に苦手なので、それを少しからかうようなクラスメートもいました。
でも、今思えば、悪意があったというより、本当に普通に接していただけだったんだと思います。
ただ、息子にとっては、小学校とはまったく違う環境でした。
少しずつ戸惑いを感じるようになり、中学1年生の2学期頃、とうとう
「学校に行きたくない」
と言うようになりました。
この頃のことは以前の記事にも書いています。
当時は私もかなり心配しました。
でも、今振り返ってみると、ここにも息子の大きな成長がありました。






困ったときは、人を頼ってもいい
担任の先生に相談し、その後、学校の相談室にもつないでもらいました。
担任の先生が息子から話を聞き、一緒に相談室へ行ってくれました。
最初は、
「私も一緒について行ったほうがいいのかな」
と思っていました。
ところが、息子は自分の口から、自分が困っていることや悩んでいることをきちんと話すことができたんです。
そのことを担任の先生から電話で聞いて
「ああ、ちゃんと自分で助けを求められるようになったんだ」
と思いました。
小学校の頃から、
「困ったときは、周りの人を頼っていいんだよ」
と息子には伝えてきました。
その言葉が、ちゃんと息子の中に残っていたんだと思います。
そのとき、小学校のH先生が言ってくれた、



今までつけてきた力を信じます
という言葉を思い出しました。
あのときはその言葉の意味を深く考えていなかったかもしれません。
でも、このときになって、
「生きていくための力って、こういうことなのかもしれない」
と、少しわかった気がしました。
相談室に行ってから、息子は少しずつ変わっていきました。
自分の感じ方や気持ちの持ち方で、状況は変えられる。
そんなことを息子自身が感じたようです。
その頃から、さらに勉強にも力を入れるようになりました。
勉強を頑張ることが、自分の自信につながっていたのかもしれません。
そして、中学2年生、3年生になる頃には、気軽に話せる友達もできました。
高校受験を乗り越えて


もともと勉強する習慣はついていたので、授業にもついていけていました。
定期テストも、全教科で悪くても平均点以上、中でも英語や理科はかなり得意な方かも?と思えるほど、
勉強面ではそれほど心配していませんでした。
とはいえ、志望校に合格するためには、やはり受験対策が必要。
そこで、中学3年生の夏休みから塾に通い始めました。
模試を受けたり、過去問を解いたり。
結果が良ければ喜び、悪ければ落ち込む。
親子で一喜一憂しながら、受験の日を迎えました。
そして迎えた入試本番。
息子は意外と本番に強かったようで、



過去問より簡単に感じた!
と、手応えのある様子でした。
そして、無事に志望校に合格👍
あのときは、本当にホッとしました😊✨
小学校の頃に話していた、
「中学校を卒業したら高校に入りたい」
という息子の思い。
あの頃はまだ遠い未来の話だと思っていました。
それが本当に現実になったんだなと思うと、合格したときは嬉しさと同時に、これまでのことがいろいろと思い出されました。
そして今、高校生になった息子
そして今、息子は高校生です。
高校に入学する前は、
「新しい環境に馴染めるかな」
「友達はできるかな」
と、本人も私も心配していました。
でも、そんな心配は今のところどこへやら。
今では友達と一緒にご飯を食べに行ったり、学校であったことを話してくれたり。
高校生活を楽しんでいるように見えます。
もちろん、高校生になればなったで、勉強や進路など、新しい悩みも出てきます。
これから大学受験のことも考えなくてはいけません。
親としては、
「大丈夫かな?」
と思うことも、まだまだあります(笑)。
でも、幼少期の頃の「この子、この先どうなるんだろう」という心配とは、少し違うんですよね。
あの頃は、先のことがまったく見えませんでした。
でも今は、
「これからどんなふうになっていくんだろう」
と、少し楽しみに思えるようになりました。


※高校生になってからの様子については、こちらの記事にも書いています。


振り返ってみると、ちゃんと一歩ずつ進んできた
言葉がなかなか出なかった幼少期。
療育センターに通い、プレ幼稚園から少しずつ集団生活に慣れていったこと。
小学校では支援級からスタートして、交流授業にも少しずつ参加できるようになったこと。
そして、小学生の頃には「高校を受験したい」と自分の将来について話していたこと。
中学校からは普通級へ。
途中で「学校に行きたくない」と言ったこともありました。
それでも、周りの人に助けてもらいながら、自分で困っていることを伝えることができました。
勉強を頑張り、友達もできて、高校受験も乗り越えました。
こうして振り返ってみると、息子は突然大きく変わったわけではなくて、
その時その時にできることを、少しずつ増やしてきたんだな
と思います。
そして、その成長を一緒に喜び、背中を押してくれた先生やお友達がいました。
特にH先生との出会いは、息子にとっても、私たち親にとっても大きかったと思います。
親の私も、迷ったり、悩んだり、時には「これでよかったのかな」と考えたり。
でも、その時の息子にとって何がいいのかを考えながら、その都度進んできました。
今こうして高校生になった息子を見ていると、
「あのとき、あんなに心配していたなぁ」
と、少し懐かしく思います。
まだまだこれから。
高校生活も始まったばかりです。
勉強や進路のことで悩むこともあると思います。もしかしたらそれ以外のことも…?
それでも高校を卒業するときに、
「高校生活、楽しかったな」
「いい3年間だったな」
と思ってくれたら、それで十分。
これからも、息子の成長を近くで見守っていきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




